1 「ブルーノ、この行間はなんだ?」 プログラムの最深部に潜んでいた謎の”広大な空白”は、突如現れた深淵のように遊星の眼前に広がった。明らかに不要な大量の空白行でプログラムが埋められている。遊星の目線は漆黒の開発画面に釘付けのまま、ブルーノに声をかけた。 ちょうど飲み物を取りに席を立った共同開発者のブルーノが、足を止めて遊星に振り返る。 「ああ、仕上げで使いたいんだ。最後に魔法をかけたくて」 空けておいてくれるかな──と微笑んで、記憶喪失の魔法使いは空のマグカップを片手にキッチンへ消えた。 星の方舟 -Nice Guys finish first- 魔法。 確かにブルーノの書くプログラムは、魔法のように動作する時がある。 WRGPの予選を控え、Dホイールのエンジンプログラムの改良にひとり勤しんでいた遊星にとって、ある日彗星のように現れた記憶喪失の魔法使い──ブルーノとの出逢いは、幸運なものだった。 プログラミングには個性が出るという。ほぼ独学、実践と失敗を繰り返してプログラミングを学んできた遊星にとって、初めての共同作業者・ブルーノの書くコードは驚きの連続だった。彼のコードには”遊び”がある。一が十を解決し、複雑に絡み合った百の糸を一本に纏めあげ、ときに回り道をして最短ルートを導き出す。 遊星が知らない──それどころか、記述したブルーノ自身もなぜ出来たのかもわからないまま、数日頭を悩ませていた箇所を見事に解決してみせる。 そんなブルーノの鮮やかで摩訶不思議な設計技術を隣で目撃するたびに、遊星は密かに感銘を受けていた。──まるで魔法のようだ、と。 その魔法使い──ブルーノが、 WRGPに挑むチームの大仕上げに、プログラムへ魔法をかけるというのだ。 マグカップになみなみと注がれたコーヒーを片手にブルーノがキッチンから戻ると、遊星は先ほどの会話を繋ぎ直した。 「それは楽しみだな。どんな魔法カードが伏せられたのか」 魔法使いが残した巧みな言葉遊びに合わせて、遊星は駆け引きを始めた。決闘と同じだ。相手が切り出したカードに乗せて、こちらも手を打つ。相手の手札、デッキ、伏せられたカードから、情報を少しでも多く引き出すために。 だが、そんな遊星の計略に応じる気はなかったようで、ブルーノはやんわりと遊星へはにかみ、マグカップのコーヒーを一口啜って画面に顔を戻した。 魔法のタネが割れては魔法使いでいられない。対戦相手の方が上手だった。これ以上ブルーノを深追いしたところで煙に撒かれるだけだろう。遊星はデスクトップに顔を向け直し、ターンを終えた。
1
「ブルーノ、この行間はなんだ?」
プログラムの最深部に潜んでいた謎の”広大な空白”は、突如現れた深淵のように遊星の眼前に広がった。明らかに不要な大量の空白行でプログラムが埋められている。遊星の目線は漆黒の開発画面に釘付けのまま、ブルーノに声をかけた。
ちょうど飲み物を取りに席を立った共同開発者のブルーノが、足を止めて遊星に振り返る。
「ああ、仕上げで使いたいんだ。最後に魔法をかけたくて」
空けておいてくれるかな──と微笑んで、記憶喪失の魔法使いは空のマグカップを片手にキッチンへ消えた。
星の方舟 -Nice Guys finish first-
魔法。
確かにブルーノの書くプログラムは、魔法のように動作する時がある。
WRGPの予選を控え、Dホイールのエンジンプログラムの改良にひとり勤しんでいた遊星にとって、ある日彗星のように現れた記憶喪失の魔法使い──ブルーノとの出逢いは、幸運なものだった。
プログラミングには個性が出るという。ほぼ独学、実践と失敗を繰り返してプログラミングを学んできた遊星にとって、初めての共同作業者・ブルーノの書くコードは驚きの連続だった。彼のコードには”遊び”がある。一が十を解決し、複雑に絡み合った百の糸を一本に纏めあげ、ときに回り道をして最短ルートを導き出す。
遊星が知らない──それどころか、記述したブルーノ自身もなぜ出来たのかもわからないまま、数日頭を悩ませていた箇所を見事に解決してみせる。
そんなブルーノの鮮やかで摩訶不思議な設計技術を隣で目撃するたびに、遊星は密かに感銘を受けていた。──まるで魔法のようだ、と。
その魔法使い──ブルーノが、 WRGPに挑むチームの大仕上げに、プログラムへ魔法をかけるというのだ。
マグカップになみなみと注がれたコーヒーを片手にブルーノがキッチンから戻ると、遊星は先ほどの会話を繋ぎ直した。
「それは楽しみだな。どんな魔法カードが伏せられたのか」
魔法使いが残した巧みな言葉遊びに合わせて、遊星は駆け引きを始めた。決闘と同じだ。相手が切り出したカードに乗せて、こちらも手を打つ。相手の手札、デッキ、伏せられたカードから、情報を少しでも多く引き出すために。
だが、そんな遊星の計略に応じる気はなかったようで、ブルーノはやんわりと遊星へはにかみ、マグカップのコーヒーを一口啜って画面に顔を戻した。
魔法のタネが割れては魔法使いでいられない。対戦相手の方が上手だった。これ以上ブルーノを深追いしたところで煙に撒かれるだけだろう。遊星はデスクトップに顔を向け直し、ターンを終えた。