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「おい遊星、"魔法"って……」
 不思議とタイミングというものは重なるらしい。珍しく、シングル世界大会決勝の中継を一緒に見届けようとクロウから声をかけられたのだが、どうやら本題は例のブルーノの"遺品"のプログラムの話だった。遊星とジャックの決闘にあてられプロ入りしたクロウにも、ブラックバード号の"中身"を見る機会があったのだろう。例のアスキーアートで描かれた5D’sのロゴとブルーノのメッセージは、クロウにも衝撃をもたらしたのだろう。幼馴染にも告げたように、遊星は通話口のクロウにも「種明かし」を初めていく。
「ああ、それがWRGP予選前にブルーノが仕込んでくれた呪文だ」
 あの当時、コミュニケーションの一環としてクロウがエンジニア二人と語らったのを、彼はきちんと覚えていたらしい。なんだよアイツ、オレにだって見せてくれて良かっただろ──と震えるクロウの声が、遊星の胸に鋭く刺さった。返す言葉がない。クロウはしばし沈黙してから、遊星にぽつりと尋ねた。
「なあ、そもそも、これ勝手にオレらが書き換えてていいのか」
 クロウから送られたデータも、どうやらチームのエンジニアが気を使って"魔法の呪文"は消さないでくれていたようだ。
「ああ、構わない。ジャックにもそうしてもらっている」
「そっか。それならいいけどよ…」
「いいんだ。ブルーノもそう言ってくれていたから」
 ブルーノによって書かれたコードは、本人だけでなく遊星や他の人々の手で何度でも蘇っていく。生き続けていく。
「"気の良い奴が一番になる"」
「あん?」
「そういうふうに出来ているらしい。この世界は」
 遊星はふと、あの日ブルーノが引用した『利己的な遺伝子』の章題を口にした。あのとき感じた違和感を払拭するために読み直した今なら、遊星にもわかる。ブルーノは決して、人間が遺伝子の奴隷だと悲観するためにその話をしたのではない。むしろ──意志を持って遺伝子の命令に逆らうことすらできるのだと──命懸けで遊星に希望を託したブルーノが、身をもって教えてくれたのだ。

「それならオレでもわかるぜ。みんなにメシ配ってるやつは気前がいいし、評判もいい。仲間がすぐ集まる。ズル賢い奴に裏切られた時に、真っ先に助けてくれる仲間が。だから生き残る。──そういうことだろ?」
 誰に教わってきたわけでもなく、その言葉通り生きてきたクロウには小難しい理屈など不要だった。彼に生存戦略を強いた世界は、優しさが勝ち残ることもまた証明してくれたのだから。


「優勝はまたまたこの男、キング……ジャック・アトラスだ〜!」
 リーゼント頭のMCが中継越しに張り裂けんばかりの声で勝者を称える。シングル世界大会の決勝、ジャック・アトラスは何度目かの制覇を果たすとともに、宣告通り愛車を一番の表彰台へ連れていってくれたようだ。
 王の戴冠式さながら、表彰台にジャックと共に並んで輝くホイール・オブ・フォーチュンを、遊星は静かに見つめた。


 今日も"気の良い奴"が一番になっている。


 クロウとの通話を終え、中継を見届けた遊星は夜風に当たりにラボの外へ出た。吐き出した息は心なしか白い。見上げた故郷の夜空にちりばめられた満点の星々と、ブルーノが遺した道徳律、この二つを思うたびに遊星の胸は感嘆と畏敬の念で満ち溢れそうになる。はるか遠い宇宙の星々に憧れて、人々は地上に星を灯した。あの灯火のひとつひとつに人の営みがある。生きている。

 ブルーノの書いたコードは、遊星よりも、チーム5D’sの名声よりも、ネオドミノシティよりも、ずっとずっと長く生き続けてくれるかもしれない。
 人は必ず死ぬ。だが、ときにモノは、情報は、遺伝子は生き残る。電子データもまた遺伝子と同様に、複製可能な存在なのだから。舟を変え身体を変え形を変え、乗り継いだ先にたどり着ける場所がある。


 そしていつか遠い未来に産まれてくるブルーノに、届けば良いと思った。



 〈星の方舟 了〉

参考文献

「利己的な遺伝子 40周年記念版」リチャード・ドーキンス(紀伊国屋書店)

「生物はなぜ死ぬのか」小林武彦 (講談社)

「魔法の世紀」落合陽一(PLANETS)

「達人プログラマー」デイヴィッド・トーマス、アンドリュー・ハント(オーム社)

「リーダブルコード」ダスティン・ボズウェル、トレバー・フォシュ(オライリージャパン)

「実践理性批判」イマニュエル・カント(岩波文庫)


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