7 迫り来るアーククレイドルの危機からネオドミノシティを救って数年。 深夜、ポッポタイムのガレージで一人、WOFの調整をしていた遊星の脳裏にプログラム開発当時の記憶が蘇った。 ブルーノ──彼は"仲間"たちからアンチノミーと呼ばれていた──の亡き後、英雄・不動遊星は時折何かに取り憑かれたかのように、勉強と称して図書施設や書庫に篭っては膨大な書籍を読み漁った。もちろん、アカデミックな高等教育を受けられなかった遊星が次世代モーメント制御機構の開発に関わるための投資でもある。だが、なにより遊星はひとりになって"死人の声"を聞きたかったのだ。滅びの未来を救うべく、過去に遡り遊星らと戦ったイリアステルの痕跡を。かつてブルーノが遊星に語り聞かせてくれた古典を頼りに、思考の根を深く深く下ろすために。 本は不思議な媒体だった。本を通すと時代も環境も異なる、何百年数千年前の人間──死者の言葉を、声を聞くことができる。 "未来の自分自身"を名乗ったゾーンは、数百年も前に生きた英雄・不動遊星の姿と言葉を引用し、時空を越えて復活させた。そして破滅の未来に生きる人々を導き、勇気づけたという。はるか数百年前のモノや本や言葉が、時代と場所をわず人の心や社会を動かすように──ゾーンは英雄・不動遊星を墓から甦らせることで、世界の破滅に立ち向かったのだ。 生きているものより死んだもののほうが多くを語ることを、サテライトの屑鉄に囲まれて育った遊星は直感的に理解していた。生きているものは嘘をつくこともある。しかし壊れて動かなくなった時計や家電、電子機器は、ただありのままの真実を物語る。壊れた原因を、過ぎ去った年月を、無くした部品を。そうして遊星はいつも目の前の死体が抱える問題を解決してきた。奇しくもゾーンと遊星という人間は、"死"から学びを得た、似た者同士だったのだろう。でなければ、死者に成り代わって世界を救おうなどとは思わない。 遊星は数百年前の科学者の言葉を夢中で──まるでイリアステルの彼らと対話するように──読み耽った。しかし、生者と死者の関係はいつも非対称だ。今と未来に生きるものは、ただ一方向に過去から受け取ることしかできない。どれだけ未来に生きる遊星が過去の書物や言論に「反論」をしようとも、故人にはそれが伝わらない。 ゾーンやブルーノ、パラドックス、アポリアたちもまた、"過去"に生きる遊星たちとの対話で、同じもどかしさを抱えていたのだろうか? 現代へ警鐘を鳴らしに現れた未来の使者たちを思い、遊星は暗い天井の彼方を見つめた。凝った肩を弛緩させるために力を入れてから落とすと、再び画面に目線を戻す。先日、ジャックからの要請を受けて急遽WOFのエンジンプログラムの手直しを引き受けたのだった。 通話口のジャックが紡いだ結論は明瞭だった。今後もWOFには遊星とブルーノの書いたプログラムを同乗させる。そのための改良は可能か──と。 プロの世界に立ち続けることを選んだジャックは、専属のスタッフやマネージャーと契約することで体制を整えた。遊星が科学者として勉学と開発に勤しむ以上は、WOFの面倒を見続けるわけにはいかない。WOFは内部のデータ共々その専属スタッフらによって引き継がれ、管理されていた。元よりプログラム関係は遊星やブルーノに任せっきりだったこともあり、引き継ぎ作業も遊星と専属の若いエンジニア間で行われたものだったから、晴れて"伏せられた魔法カード"の発動が遅れてジャックに襲いかかってきたのである。 結果として、遊星とブルーノはチームの面々に魔法を披露するタイミングを逃していた。忙しない日常と事件の狭間で伏せられた魔法カードは忘れられ、共同作業者として完成を共に見届けた遊星だけが、魔法の発動の瞬間にいたのだ。 ブルーノが遺したのは絆とヒビ割れたサングラスだけではない。チーム5D‘sらのDホイールに残された遊星とブルーノのプログラムも、彼の"遺品"のひとつだった。ジャックは彼の魔法──彼が確かに生きて、チームの優勝を心から願っていた呪文──を目の当たりにして、初めてそれを意識したのだろう。真っ先に確認されたのは、それと思い至らず"遺品"を改良し続けていたことの可否だった。その声色はどこか贖罪のようなものが込められていたように聞こえたが、ジャックを責められる理由は一切ない。大量生産・流通の時代では、そもそもみな目の前にある不思議な電子機器等が、誰かの「作品」であるとは思わないだろう。そう思わせないことまで含めて「魔法」なのだから。 「……あいつは、本物の魔法使いだったのだな」 オカルトの類を嫌うジャックが、ぽつりと通話口にそうつぶやいたのが遊星の耳に残っている。王に似つかわしくない、ほんの少しの後悔と感傷が混じった言葉だった。 しかし、この"魔法の遺産"の公開を迷った遊星にも一因がある。わざわざ掘り起こして、ブルーノとのかけがえのない時間がもう戻らないことを思い知らせるよりも、各々がそれぞれの道に向かって走ってくれたほうがいい。それに、いつか彼らにも気がつくことがあるだろう。その時は、自分が説明の責を負えば良いと。遊星がそう訥々とジャックに語ると、腹落ちしたのかプログラムの改良を任されたのだ。 過去から未来に引き継がれるものは、何も本や言葉だけではない。いま遊星の目の前に広がっている、ブルーノが遺したプログラムの文字列を通して、彼と対話している。 今なら理解できるコードもあれば、今でもなお不明なもの、再現可能なもの、不可能なもの。コピーしてもうまく作動しない不思議なコード……。さまざまな魔法を、ブルーノは遺した。今思えば、この摩訶不思議な一部のコードは彼が未来の世界で活用されていた技術を現代に輸入したのだろう。遊星には解析できなくて当然のものかもしれない。 彼の芸術的なコードをすべて書き換えるのは名残惜しいので、当然元の完成データのバックアップは保管してある。遊星は同時に、このプログラムがより広く活用できるように──と、世界中のプログラマーやエンジニアが活用する開発プラットフォームの片隅に、このデータを共有財産として公開していた。当然、見せられなようなコメントの会話や特定可能な情報は削った上で、だが。 そうして完成品のコードのコピーを適宜書き加えながら、今日も遊星号らは稼働している。もしかしたら、名も知らぬ人々が思いもよらない形で活用してくれているかもしれない。そうしてブルーノの遺伝子を少しでも生き延びさせる。そうすることが、遊星にとっての希望でもあった。 明け方、ジャックがWOFを迎えに来た。突貫の徹夜仕事になったが、無事彼の要望通り、問題の箇所の調整は完了した。今後の開発のための大型アップデートは、専属スタッフらとの連携がまだ必要だろう。その旨を伝えられるなり、ジャックは礼も早々に勇足に美しい白馬へ乗り込んだ。 「こいつは、オレが表彰台に連れていく」 そう言ったジャックの言葉には静かな力が込められていた。WOFの車輪に添えられた彼の手と目線は、WOFの中に今も生きている魔法使いに向けられたものだろう。 「期待している」 「それと遊星」 ヘルメットを被り、遊星を背にしたままジャックが告げる。 「クロウとの戦績はオレの勝ち越しだ。覚えておけ」 どうやら最後の魔法の他に残っていたコメントもジャックは目にしたらしい。ジャック専属の若いエンジニアは、なかなか腕の立つ好青年だった。開発に邪魔な余計なものにもかかわらず、わざわざ消さずに残してくれていたのだろう。 「それはわからないな。更新されるかもしれないぞ」 遊星が軽口を叩くと、ジャックは鼻を鳴らしてエンジンを稼働した。白く美しく高速回転する運命の車輪がガレージから旅立っていく。 彼なら一番にしてくれるだろう。チーム5D’sいちの気の良いメカニックの青年の魂をWOFに乗せて、何度でも。
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迫り来るアーククレイドルの危機からネオドミノシティを救って数年。
深夜、ポッポタイムのガレージで一人、WOFの調整をしていた遊星の脳裏にプログラム開発当時の記憶が蘇った。
ブルーノ──彼は"仲間"たちからアンチノミーと呼ばれていた──の亡き後、英雄・不動遊星は時折何かに取り憑かれたかのように、勉強と称して図書施設や書庫に篭っては膨大な書籍を読み漁った。もちろん、アカデミックな高等教育を受けられなかった遊星が次世代モーメント制御機構の開発に関わるための投資でもある。だが、なにより遊星はひとりになって"死人の声"を聞きたかったのだ。滅びの未来を救うべく、過去に遡り遊星らと戦ったイリアステルの痕跡を。かつてブルーノが遊星に語り聞かせてくれた古典を頼りに、思考の根を深く深く下ろすために。
本は不思議な媒体だった。本を通すと時代も環境も異なる、何百年数千年前の人間──死者の言葉を、声を聞くことができる。
"未来の自分自身"を名乗ったゾーンは、数百年も前に生きた英雄・不動遊星の姿と言葉を引用し、時空を越えて復活させた。そして破滅の未来に生きる人々を導き、勇気づけたという。はるか数百年前のモノや本や言葉が、時代と場所をわず人の心や社会を動かすように──ゾーンは英雄・不動遊星を墓から甦らせることで、世界の破滅に立ち向かったのだ。
生きているものより死んだもののほうが多くを語ることを、サテライトの屑鉄に囲まれて育った遊星は直感的に理解していた。生きているものは嘘をつくこともある。しかし壊れて動かなくなった時計や家電、電子機器は、ただありのままの真実を物語る。壊れた原因を、過ぎ去った年月を、無くした部品を。そうして遊星はいつも目の前の死体が抱える問題を解決してきた。奇しくもゾーンと遊星という人間は、"死"から学びを得た、似た者同士だったのだろう。でなければ、死者に成り代わって世界を救おうなどとは思わない。
遊星は数百年前の科学者の言葉を夢中で──まるでイリアステルの彼らと対話するように──読み耽った。しかし、生者と死者の関係はいつも非対称だ。今と未来に生きるものは、ただ一方向に過去から受け取ることしかできない。どれだけ未来に生きる遊星が過去の書物や言論に「反論」をしようとも、故人にはそれが伝わらない。
ゾーンやブルーノ、パラドックス、アポリアたちもまた、"過去"に生きる遊星たちとの対話で、同じもどかしさを抱えていたのだろうか?
現代へ警鐘を鳴らしに現れた未来の使者たちを思い、遊星は暗い天井の彼方を見つめた。凝った肩を弛緩させるために力を入れてから落とすと、再び画面に目線を戻す。先日、ジャックからの要請を受けて急遽WOFのエンジンプログラムの手直しを引き受けたのだった。
通話口のジャックが紡いだ結論は明瞭だった。今後もWOFには遊星とブルーノの書いたプログラムを同乗させる。そのための改良は可能か──と。
プロの世界に立ち続けることを選んだジャックは、専属のスタッフやマネージャーと契約することで体制を整えた。遊星が科学者として勉学と開発に勤しむ以上は、WOFの面倒を見続けるわけにはいかない。WOFは内部のデータ共々その専属スタッフらによって引き継がれ、管理されていた。元よりプログラム関係は遊星やブルーノに任せっきりだったこともあり、引き継ぎ作業も遊星と専属の若いエンジニア間で行われたものだったから、晴れて"伏せられた魔法カード"の発動が遅れてジャックに襲いかかってきたのである。
結果として、遊星とブルーノはチームの面々に魔法を披露するタイミングを逃していた。忙しない日常と事件の狭間で伏せられた魔法カードは忘れられ、共同作業者として完成を共に見届けた遊星だけが、魔法の発動の瞬間にいたのだ。
ブルーノが遺したのは絆とヒビ割れたサングラスだけではない。チーム5D‘sらのDホイールに残された遊星とブルーノのプログラムも、彼の"遺品"のひとつだった。ジャックは彼の魔法──彼が確かに生きて、チームの優勝を心から願っていた呪文──を目の当たりにして、初めてそれを意識したのだろう。真っ先に確認されたのは、それと思い至らず"遺品"を改良し続けていたことの可否だった。その声色はどこか贖罪のようなものが込められていたように聞こえたが、ジャックを責められる理由は一切ない。大量生産・流通の時代では、そもそもみな目の前にある不思議な電子機器等が、誰かの「作品」であるとは思わないだろう。そう思わせないことまで含めて「魔法」なのだから。
「……あいつは、本物の魔法使いだったのだな」
オカルトの類を嫌うジャックが、ぽつりと通話口にそうつぶやいたのが遊星の耳に残っている。王に似つかわしくない、ほんの少しの後悔と感傷が混じった言葉だった。
しかし、この"魔法の遺産"の公開を迷った遊星にも一因がある。わざわざ掘り起こして、ブルーノとのかけがえのない時間がもう戻らないことを思い知らせるよりも、各々がそれぞれの道に向かって走ってくれたほうがいい。それに、いつか彼らにも気がつくことがあるだろう。その時は、自分が説明の責を負えば良いと。遊星がそう訥々とジャックに語ると、腹落ちしたのかプログラムの改良を任されたのだ。
過去から未来に引き継がれるものは、何も本や言葉だけではない。いま遊星の目の前に広がっている、ブルーノが遺したプログラムの文字列を通して、彼と対話している。
今なら理解できるコードもあれば、今でもなお不明なもの、再現可能なもの、不可能なもの。コピーしてもうまく作動しない不思議なコード……。さまざまな魔法を、ブルーノは遺した。今思えば、この摩訶不思議な一部のコードは彼が未来の世界で活用されていた技術を現代に輸入したのだろう。遊星には解析できなくて当然のものかもしれない。
彼の芸術的なコードをすべて書き換えるのは名残惜しいので、当然元の完成データのバックアップは保管してある。遊星は同時に、このプログラムがより広く活用できるように──と、世界中のプログラマーやエンジニアが活用する開発プラットフォームの片隅に、このデータを共有財産として公開していた。当然、見せられなようなコメントの会話や特定可能な情報は削った上で、だが。
そうして完成品のコードのコピーを適宜書き加えながら、今日も遊星号らは稼働している。もしかしたら、名も知らぬ人々が思いもよらない形で活用してくれているかもしれない。そうしてブルーノの遺伝子を少しでも生き延びさせる。そうすることが、遊星にとっての希望でもあった。
明け方、ジャックがWOFを迎えに来た。突貫の徹夜仕事になったが、無事彼の要望通り、問題の箇所の調整は完了した。今後の開発のための大型アップデートは、専属スタッフらとの連携がまだ必要だろう。その旨を伝えられるなり、ジャックは礼も早々に勇足に美しい白馬へ乗り込んだ。
「こいつは、オレが表彰台に連れていく」
そう言ったジャックの言葉には静かな力が込められていた。WOFの車輪に添えられた彼の手と目線は、WOFの中に今も生きている魔法使いに向けられたものだろう。
「期待している」
「それと遊星」
ヘルメットを被り、遊星を背にしたままジャックが告げる。
「クロウとの戦績はオレの勝ち越しだ。覚えておけ」
どうやら最後の魔法の他に残っていたコメントもジャックは目にしたらしい。ジャック専属の若いエンジニアは、なかなか腕の立つ好青年だった。開発に邪魔な余計なものにもかかわらず、わざわざ消さずに残してくれていたのだろう。
「それはわからないな。更新されるかもしれないぞ」
遊星が軽口を叩くと、ジャックは鼻を鳴らしてエンジンを稼働した。白く美しく高速回転する運命の車輪がガレージから旅立っていく。
彼なら一番にしてくれるだろう。チーム5D’sいちの気の良いメカニックの青年の魂をWOFに乗せて、何度でも。