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「──以上が、問題の箇所になりますが……」
 私たちの手ではこれ以上の改良は難しいようです──と、若い専属エンジニアは”絶対王者”たる主人、ジャック・アトラスに恐々とモニターに写るプログラム画面を見せた。
 その若い技術屋の青年が次に何を提案するのか、普段のジャック・アトラスなら注視した上で彼の話を聞き、その後の判断と指示を下しただろう。
 そのWOFのプログラムに描かれた、ある魔法使いの”魔法の文字列”が、初めて王の紫の眼に入らなければ。

 王がモニター画面に釘付けになっているのを横目に、若いエンジニアの隣に並ぶプロジェクト・マネージャーが淡々と言葉を続けた。
「可能であれば、元々のプログラム制作者に該当箇所の問題をヒアリングできれば我々の手でも修正は可能になるかと思います」「しかし」と一言置いた次の提案を続けた。それこそが王の配下たる彼らが通したい”本命”の提案だった。
「おそらく不動博士もお忙しい身でしょう。月末の世界大会までに間に合うかは難しいラインです。ですから、今回は現状のプログラムで挑みましょう。ですが、いかがでしょう? 今後のためにも、継続的な管理を安定させるためにも、我々で一からWOFの新しいプログラムの設計を始めても──」

 臣下の”丁寧な”提案をすべて聞き終える前に、王者はおもむろに画面に背を向けた。そのままガレージ内の壁に頭をもたげ、目頭を抑える。ジャックは低く、珍しく消え入るような小さな声で呟いた。

「本当に、忘れ物の多い男だった」
 その姿からは、普段の堂々たる振る舞いが嘘のようだった。
「オレのWOFに断りもなく、こんなものを置いていくとは」
 ジャックはさらに苦々しく付け加える。暗く熱い瞼の奥に浮かぶ、白い一輪のDホイールを、搭乗者以上に熱心に磨き上げていた蒼い髪のメカニックの笑顔が。自分たちと同じ言葉と文字を語っているように聞こえない、リビングやガレージに広がる柔らかな声が。あの日魔法使いの手によって伏せられた”魔法”は、時間と空間を超えて正体を明かすとともに、感傷となってジャックの胸に突き刺さった。
”忘れ物の多い男”が誰のことか、その場のスタッフらには伝わりようがなかった。臣下たちの困惑の目線が仄かにその場に漂い始める。普段とは違う王の姿に戸惑いを覚えながらも、若いエンジニアがおずおずと尋ねた。
「どうされます。手放すのは、名残惜しいと思いますが……」
 オリジナルデータの制作者を除けば、この場で誰よりも”魔法のプログラム”に触れていたのが彼だった。プログラム本体には関係ないコメントアウトで書かれた言葉と見事な腕前で書かれたコードの文字列以上の文脈を、まだ発展途上である技術者なりに汲み取っていた。

 要するに既存の──偉大だが、忘れっぽい魔法使いが遺したの”遺品”を、制約がある中で今後も流用し続けるか。
 独立して、新たなスタッフらの手でWOFのプログラム設計を新規に立ち上げるか。
 配下は王に踏襲と刷新の二択を迫ったのだ。
 
王者は一拍置いたあと、目元を拭って配下らに向き直った。深く息を吸い、静かに答える。

「待て。触るな。開発元に確認を取る」



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