黄泉比良坂あとがき+おまけ
※誇張抜きで長い(約4000字)です、閲覧の際はご注意ください。※「黄泉比良坂の戸を開けよ」本編読了後の閲覧を推奨します。
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あとがき
いま私たちが生きているこの世界と、あの世の世界をつなぐ道─黄泉比良坂は、千人もの力で引かないと動かせないという「千引の石」で閉ざされている…。
と、日本最古の歴史書「古事記」は伝えています。
では、その岩戸を閉じたのは誰でしょうか?
加具土命を産み命を落とした妻・イナザミ会いたさに黄泉の国へ足を踏み入れた夫・イザナギによって、黄泉比良坂は閉じられました。そうして、イザナギとイザナミが度事戸で決別したように─黄泉の国は現世から隔離され、曖昧だった生と死の国の境は、永遠に分たれてしまったのです。
この漫画は、そんなイザナギの黄泉訪問を少々下敷きに、うちはの瞳力の真実に迫る千手扉間の挑戦と、その対岸で応戦するうちはイズナの物語を描こうと試みたものです。一応、作中の描写から扉間さんがその真相に至ったのは二代目就任後ではないかと推測し、筋道を立ててみました。柱間がマダラを火影に推薦した際にうちはの瞳力の「噂」を引用したこと、後にマダラが九尾を率いて里を襲ったこと(これは誰にとっても初見の衝撃だったと思われます)、そしておそらくはその写輪眼目当てに保管したマダラの遺体に手をつけなかったこと(ゼツの語り口が曖昧、かつ本人から真相を語られていないので勝手ながら未遂かなと…)。これらを踏まえたうえで、その後の世、アカデミーの設立や里の運営をうちはと協力する中で、気づきを得たのではないかという希望込みの推察です。
はじめこそそれは「いつかあの眼を暴く」ための、暴力性の伴う一方通行の探究だったかもしれません。しかしそれだけでは届かない。ならばと聡明な扉間さんは世代と対話を重ね、忍耐の伴う地道な民主的手続きによって解に至っていたのではないか─いや、そうであってほしい─という願望のままに本作を描き連ねました。
古来より、人間社会において戸・扉の本質的な機能は「閉じる」ことにあったのだと思います。「開ける」ことよりも「境界を隔てる」必要が先んじて、扉の役割は成立したのではないでしょうか。
故に「黄泉比良坂の戸を開けよ」とものものしいタイトルコールからはじまったこのお話は、決して「開かれる」ことなく「閉じられる」。手を合わせるように、戸を閉めるように、読み終えた本をそっと閉じるように。どうか静かに扉間とイズナの物語は締め括られていてほしい、そんな祈りを込めて、最後の演出を決めました。
とはいえ、ここでひとつ、自戒も込めて白旗を挙げさせてください。「決して開かれぬ扉」とは、すなわち扉間とイズナの空白の物語をどれだけ二次創作で埋めようとしても、その真実にはけっして辿り着けないということと同義なのです。インドラとアシュラ−柱間とマダラ−ナルトとサスケ、壮大な転生者たちの戦いと和解の狭間で〝中間子〟的に発生してしまったであろう扉間─イズナの物語はむしろミロのヴィーナスやサモトラケのニケ像よろしく「欠けているからこそ美しい」。いくら空白を描けども埋めようとも、〝あの〟飛雷斬りによって二人の物語がNARUTOという作品からバッサリ切り落とされた〝残酷な真実の美しさ〟を、むしろいっそう輝かしく際立たせてしまうのだと…本当に痛感しました。
なんだか小難しくつらつら書き連ねてしまいましたが、要するに「河原での初対峙から飛雷斬りに至るまでの過程が見たかったよ〜!」という、飛雷斬りショックで頭をやられてしまったオタクの断末魔にすぎません。そして、その戸=真実を明かせるのはほかでもない岸本斉史大先生ただひとりなのです。いつかその戸が開かれる日が来るのを、未だ戦国時代に心を捉われたオタクは手を合わせて祈り続けるほかありません。いや本当に、読みたいですよね…もっと戦国時代と創設期のお話…(それから二代目火影扉間さまの治世も)。
最後に、筆一本で格調高く美しい題字を仕上げてくださったやま先生に、心より感謝を申し上げます。本文下絵作業中にこの素晴らしい題字をいただいたことで、誇張抜きに漫画全体のクオリティが引き上げられました。「戸」の字を「篆書体」という石に刻みつけられるのに用いられた古い字体にしてはどうか、とご提案くださったとき、本当にこのタイトルをやま先生にお願いして良かったと心の底から感激いたしました
そしてこの長いあとがき、もとい怪文書までお付き合いしてださった同好の皆様に心から感謝を! 本当にありがとうございました!
【参考・引用文献】
「-NARUTO-」全72巻+「陣の書」岸本斉史 (集英社)
NARUTOは、古今東西の古典の引用に加え、過去の出来事から弁証法的に発展し続ける物語でした。当漫画も拙いなりにその偉大な手法に倣って、一部構図や台詞、表情などを原作から参考・引用させていただいております。
「古事記」倉野憲司 (岩波文庫)
「現代語古事記」竹田恒泰 (学研プラス)
「一〇〇分でわかる名著 古事記」三浦佑之 (NHK出版)
「一〇〇分でわかる名著 折口信夫 古代研究」上野誠 (NHK出版)
「死と再生、そして常世・他界」折口信夫 (やまかわうみ別冊)
「荘子」 金谷治(訳)(岩波文庫)
國學院大学「古典文化学」事業 古事記研究データ
https://kojiki.kokugakuin.ac.jp/
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おまけ
資料①うちはイズナさんの性格造形について
チーム・「性格:献身的」のみなさん

イズナさんの「調和的」「献身的」に似た設定の人がいるか「陣の書」で調べてみたら…椅子からひっくり返りました。
赤丸さんのおかげでギリギリ死亡率100%を回避している恐ろしいメンツ(4名ともその散り様は言うまでもなく…)(物語開始時点で全員鬼籍とは…)
しかもなんかリンさん以外は「弟」属性の人の手によって倒れているんですよね…教授…これは一体?
NARUTO世界で献身的な人が生き残るためには犬塚キバさんが右近左近戦で見せたようにノータイムで切腹を決断するような「その人の献身性を上書きするほどの気概」がなければならないのかもしれないですね…(厳しい…)
「調和的」については似た設定のキャラクターはおらず…(多分)
harmonyの造語なんだそう。比較的新しい日本語なんですね。
平等、釣り合いを大事にする感じでしょうか。
あとはやっぱりサスケさんを参考に。イタチ兄さんと一族のあれそれがなく、スクスクうちはらしく育った感じかな〜とか考えながら台詞をこねくり回しておりました。ムズカシーッッ!!!!
こうやってちゃんとサスケさん描いてみるとやっぱり全体的にちょっとずつ違う&なんだかんだ顔のベースはマダラさん寄りだなと思いました。
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資料①千手扉間さんの性格造形について
チーム・「性格:情熱家・豪/剛気」のみなさん

ちょっとちょっとこの絵面かわいすぎませんか〜!?
情熱家は意外にも扉間先生とロック・リーくんだけなんですよ!ガイ先生は"熱血"なんだそう。扉間先生、リーくんみたいな素直でまっすぐ努力家な子めっちゃ気に入るだろうなあ…という妄想絵です。
ガマブン太おやびんの剛気/扉間さんの豪気とで読みは同じですが一応意味が少し違うそう(広辞苑調べ) 扉間さんもおやびんもドッシリ構えてて、でも大胆なところがカッコイイですよね。
合理主義はオンリーワンでした(多分)さすが。厳格、真面目とかともちょっと違うんですよね〜このへんのニュアンスが扉間さんに味わいを増しているなと。
ところで原作初読時は全然気が付かなかったんですけど、額当て外したナルトさんと扉間さん描いてみたらほぼ髪型のシルエット一緒でビビりました(描き分けできる自信がない…)
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③千手とうちはと里を繋いだカガミさん

おそらく元ネタは荘子の明鏡+止水、かつカガミさんは万華鏡写輪眼ともかかってるのかな〜と思いますが、あまりにも完璧すぎて唸りました。
本当に作中だとちょっとしか書かれてませんが、扉間>カガミ>シスイのラインは見事だと思います。
いかにも日本モチーフが多いうちは本筋の皆さんに対し、仏教・大陸文化っぽい千手一族・扉間さんのうちはの教え子がマジで突然ゴリゴリの中国大陸伝来な荘子を引っ張ってきてるのは100%意図 …だと思う…んですよね…(願望)(希望)(妄執)
これは完全にウォタクの深読みなんですけどシスイさん>カガミさんの順で作中に登場したことから察するに、おそらく祖父?だったカガミさんも最初からセットで考えられていたと思うので
二代目火影千手扉間>うちはカガミ>シスイ(さらにイタチと続く)の""文脈""は相当濃かったのでは、と妄想しています。
しかも三人とも(シスイさん扉間さんは幼少期ですが)CV:河西健吾さんですよ!!偶然か意図したものかはわかりませんがアニメスタップ様、本当にありがとうございます…
というかうちはで火遁なのに「止水」って!!「止まった水」て!!「人が手本(鏡)とするような」「止まった水」て!!そんなの二代目火影以下略(このへんマジで語り出すと止まらないのでやめます、終わり!)
シスイさんの「瞬身+幻術」スタイルの戦いぶりをね…見てみたかったですよね…。
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それでは最後に「おまえ(扉間)にイズナの眼はやらね〜よ」の意を込めて""イズナの眼で""あっかんべーをしているうちはマダラさんでこの場を締めさせていただきます。
実際のところマダラさん、扉間さんが自分の遺体を引き上げるところまでは読んでたとしてもそのままイズナの眼を解剖に回してやるつもりは毛頭なかったんじゃないかなあと。しかし真実は藪の中…(結局長門に預けちゃうしね…)
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改めましてこんな長い漫画の長い怪文書にまでお付き合いいただき本当にありがとうございました!それではまた!
10/8拍手お返事
💌一般決闘者さまへ
議題【モーメント×人間の感情、機械軍隊の関係性、クリアマインドと機械の軍隊、シンクロの争いとは??】
まず、私は未来組の本編描写について、大きく二つの見方をしております。
①:新資本主義やテクノロジー・情報技術の発展が加速したことにより、人間の意志が鏡合わせ的に反響して破滅に向かっていくメタファー
②:素直に本編の具体的描写を読む(一般決闘者さんが書かれてるような事例ですね)
私は主に①に重きを置いています。
というのもこれまたメタ的な読みで恐縮なんですが、そもそも本編未来組の語る情景ってすごく抽象的なんですよね。でもこの抽象度の高さがすごく良い塩梅だと思っていて、いろいろな社会情勢に当てはめて読めるな〜と思うんです。
逆に②の読みの方が大変で、本編では描写も語られていることも少ない。正解を探すのも読解解釈を深めるのも難しくて…
ので、基本的に決闘者さんがおっしゃられてるような読みなのかな〜と私も考えております。
>心に反応するモーメントに”無心”で対応するゾーンさま
>シンクロによるモーメントへの影響が世界的に問題視されている
機械軍に関しては、モーメントが兵器利用されていることによってシンクロによる人間の心の悪影響を受けた兵器が独自の意志をもって活動or制御不能になってしまった、くらいの本当に軽〜い読み方をしています。(ドローンがある日制御不能になって人間に襲い掛かってきたら大変ですからねマジで)
では本題の①の読みに戻ります。
アニメ的にわかりやすく「機械の暴走による攻撃」で破滅に向かう描写がされていますが、これらは「ヒトの手によって発展したはずのテクノロジーが、人間の意志に反応して牙を剥く」姿のメタファーと私は受け取っていました。
テクノロジーや技術・制度といった人間が生み出したものは、兵器そのものでなくても人を死に追いやったり破滅の道に向かわせますよね。例えばバイク、自動車、薬品、インターネット、ちょっとした便利な日用品からガスの炎に原子力発電まで…これらは全て、何かの拍子や事故、あるいは人間の悪意や意志によって害をもたらすことがあります。これらの究極的な表現が「機械軍による人類への攻撃」という形で演出されたのかなと。
ところでこの「テクノロジーの発展による機械と人間の意志の暴走」ってすっごく身近で思い当たるものありませんか? そう、私たちが普段活用しているSNSです!!!!!!(会議机を叩きながら立ち上がるオタクの図)
「いいね」「RT」の回転速度は増す一方、人間が人間のために作ったものの”だからこそ”人間の情動がコントロールされていく、誰も回転(暴走)を止められない…う〜〜ん、現代インターネットでよく見られる光景…SNSで同時多発するエコーチェンバー的な”感情の同調(シンクロ)”で対立や分断が加速していく様子みたいだあ…と思いながら見てました。
作中では負の感情エネルギーが槍玉に挙げられてましたが、正の感情を止められないことも同義だと思うんです本当は。いいねとRTって、好感情/悪感情どちらにも全く同じように回転速度を増す"快楽のエネルギー装置"みたいなので。やがてヒトは回転速度(いいねRT稼ぎの快楽)を増すためのゲーム=シンクロに熱中してしまうわけです。
いったん召喚云々は置いておいて、そもそも「シンクロ(synchronize)」の意味とは「同期する/同時に起こる・行う」…なんだそうです。「いいね」「RT」ってまさに「シンクロ(同調)」そのものだと思うんですよ。シンクロによる同調がTLの空気を支配する。果てはユーザーの閲覧記録を活用したおすすめ欄まで作られる昨今ですよ!!いや〜〜怖いくらい""シンクロ""しにきてますね!!人間も機械のほうも!!07-11年に生まれたはずの遊戯王5D'sと2025年の今も!!!!!
対するゾーンさまはクリアマインドでモーメント(機械の軍団)に挑むわけです。クリアマインド=明鏡止水じゃないですか、つまり「止まる」必要がある。
・加速するシンクロ(同調)から距離を取ろう
・手と足を止めよう
・共に無心の域へ到達しよう
…と、"神の領域"へと人々を誘うわけです。瞑想している間、人間は誰とも繋がらない=シンクロしないですからね。あるのは自己と神への接続だけ。
ゾーンさまがDホから降りて"歩いて"民衆を率いているシーンあるじゃないですか、私あのカット本当に大好きなんですよ。「人間の心に反応して加速度を増すモーメントの暴走」に対抗する姿として、すごく象徴的だなと思います。もっというと5D’sというアニメで当然のように描かれていた、ライディングデュエルというスピードとシンクロに取り憑かれた人たちのゲームから「自ら降りて」いる。そういう演出にも読めます。
そう考えると名もなき科学者さんは、はるか200年も前に「クリアマインド」の境地に達していた英雄・不動遊星なら破滅の未来を救えるのかもしれない…と不動遊星の人格を引用した理由がすんなり腑に落ちるなあと思います。
すいませんマジで長くなってしまいました、まとめると
⭐︎シンクロ=人間同士の意志の同調、拡張、増幅
⭐︎モーメント=加速するテクノロジーの発展
★破滅の未来=シンクロ(人間の意思の同調)×モーメント(加速する科学・情報技術)が鏡あわせ的に増幅しあった結果
というメタファーとして読んでいます!私は! 超穿った独自色強めの斜め読みですみません!!正直参考文献とか含めまだまだ語れるんですがマジで長くなるのでここまで!!
何かのご参考とか、インスピレーションになりましたら幸いです〜!!